5-2.曝露療法と情動(感情)処理理論(2)

曝露療法が、不安関連の精神疾患に効果があることを論理的に説明した情動処理理論(もしくは感情処理理論、Emotional Processing Theory : EPT)についての2ページ目です。
Foa & Kozak(1986)による文献[1]と、その30年後の改訂版であるFoa & McLean(2016)[2]から紹介します。それによって、日本でよく見られる曝露療法に関する誤解に気がつく参考になればと思います。
1ページ目の5-1.曝露療法と情動(感情)処理理論(1)と注釈や用語説明は共通しています。

目次

4. PEは、元々、PTSD以外の精神疾患でも用いられていた
5. 曝露の時間とPE
6. 気そらしとの曝露
7. 曝露のタイプとOCDとの関連
8. 日本で病理学研究が知られないことによる問題

4.PEは、元々、PTSD以外の精神疾患でも用いられていた

日本では、情動処理理論(以下、感情処理理論)は、PTSDへの持続エクスポージャー(prolong exposure :PE, *2)の説明として紹介されることが多いのですが、PEは、PTSD以外の不安関連の精神疾患への治療としても用いられてきました。

文献[1](1986)では、感情処理理論の根拠となるデータを、強迫症/強迫性障害(OCD)、恐怖症、広場恐怖、社交不安障害から得ていますが、PTSDについては、書かれていません。

しかし、文献 [1] (1986)p26,27,31にprolong exposure(PE:持続エクスポージャー)という言葉が用いられているように、PEは恐怖症、OCD、広場恐怖などの治療と研究が行われていました。文献[1]では、これらの不安関連の疾患に対し曝露療法を行ったさまざまな研究を調査し、曝露療法の効果を最も得られると考えられた方法がPEなのです。

一方、心的外傷後ストレス障害(PTSD)という疾患名は、診断基準ではDSM-Ⅲ(1980)から登場しました。また、それ以前には、神経症と呼ばれていた精神疾患が、DSM-Ⅲより不安障害と分類されるようになり、OCDもPTSDも不安障害に分類されました。その後、PTSDの診断基準は、DSM-Ⅲ-R(1987)[3]で、外傷となった出来事、再体験、回避、覚醒の亢進という項目が整理されました。
文献([2]p5)によると、1982年にFoaらは、PTSDへのPEを開発し、その有効性を調査し始めました。このように1980年代以降、PTSDの診断基準が整うとともに、PEなどさまざまな治療法の研究が進んだわけです。

また、Foa & WilsonによるOCDの書籍「Stop Obsessing!」(1991,2001、邦訳2002「強迫性障害を自宅で治そう!」[4])では、曝露反応妨害と馴化(habituation)が紹介されていますが、一般向けのため、感情処理理論のような理論的な説明は書かれていないようです。ちなみに、邦訳[4]では、曝露が「エクスポージャー」、反応妨害が「儀式行動の禁止」、馴化が「習慣化」と訳されています。

5. 曝露の時間とPE

文献[1]では、いろいろな不安障害で、曝露の時間の長さを変更し、どのように時間をかければいいかを、それまでの研究から調査しています。

研究例1:([1]p26)「Foa & Chambless(1978)[5]は、広場恐怖とOCDの患者に、90分間の曝露を行い、自己報告(*1)ですが、不安が最初に増加し、横ばいになり、50分後に減少し始めたことを発見しました。」

研究例2:([1]p26)「Rabavilasら(1976)[6]による報告では、「OCDについて現実型の長時間曝露(prolonged exposure, 80分)は、8回の短い(10分間)曝露を10分のインターバルおきに行うよりも良い結果をもたらしました。)

*注1:文献[1]で、自己報告(self-report)の不安などと書かれているのは、主観的不快尺度を用いた感情の点数(SUDs)のことです。心拍数のような物理的な数字と、主観的な数字を区別するためにこのような表現が取られています。

研究例1)2)の他にも、検討された研究はありますが、それらを検討した結果:

1)1セッション内での長時間の曝露(PE)によって馴化が進み、感情処理がより完全になる場合、短時間の曝露よりも優れた治療結果をもたらすはずです。

2)([1]p29)1セッション内の馴化によって、恐怖構造の情報が修正、統合されることが強化されると、複数のセッションが進むことでも馴化が促進されます。

3)馴化に必要な曝露の長さは、障害によって異なります。

しかし、いずれの疾患であれ、大事な点は、曝露療法によって、十分な馴化の結果が得られるまで、時間をかけて中断せずに、繰り返し行うことです。

([1]p26,27)このように1970-80年代に、短時間(short)と、長時間(long)の曝露療法による結果を比較し、長時間で、かつインターバルのような中断を含まない曝露療法をprolonged exposure:PE(*2)と呼ぶようになりました。

*注2:PEを日本では、持続エクスポージャーと訳されていますが、持続という意味では、continuous exposureという英語が使われます。prolongは、longの延長上であり、短時間のshortと区別する意味も含まれています。

6. 気そらしとの曝露

曝露のときに、気そらし(distraction)の行為をすることで、効果がどう変わるのかも、文献[1]で検証されました。

研究例1)([1]p27)Grayson ら(1982)[7]は、OCDで、汚染が気になる患者に、曝露療法中の注意の向け方を調べました。ビデオゲームをして強迫対象(嫌悪刺激)から気そらしをする面談と、汚染刺激に注意を集中した面談とで、主観的不安と心拍数を測定し、比べました。その結果、1セッション内では、両者に違いは見られなかったのですが、2回目の面談では、注目した人のみが恐怖が減り、気そらしをした人は恐怖が戻っていました。

研究例2)Sartoryら(1982)[8]は、動物への恐怖症の患者に協力してもらい、恐れているものに20分間曝露しました。 次に、患者の半数は30分間、恐怖の動物について考えるように指示され、残りの半数は雑誌を読んで気をそらすように指示されました。 治療直後では、両者の主観的な不安に違いはありませんでした。1週間後、気そらしグループだけが、主観的な不安が部分的に再発しました。この研究でも、気そらしをせずに注目時間を増やすことで長期間の馴化に影響を与えましたが、短期間(1セッション内)の馴化には影響が見られませんでした。

日本では、OCDへの曝露反応妨害について、ちょっと刺激に曝露した後は、他に注意をそらしてSUDsが下がるのを待ちましょうなどと書かれた情報を見かけます。気そらしと言っても、その間に、仕事を勉強するなど有意義な時間の使い方になる場合や、恐怖対象によっては長い時間、曝露を続けることが難しい場合も考えられ、まったく否定するものではありません。しかし、その方法だと、曝露療法の効果として、その1セッション内では、SUDsが下がっても、セッションを重ねることでの馴化が弱まりかねないデメリットも考えられます。つまり、個々のセッションではSUDsが減っているのだけれど、症状の根本的な改善がなかなか訪れないという結果になりかねません。

7. 曝露のタイプとOCDとの関連

([2]p3)曝露のタイプは、現実型(in vivo)、想像型、内部感覚の3つに分類できます。どのタイプを選ぶかは、診断された疾患の病理学的な特徴によって決まります。曝露療法のプログラムでは、しばしばいくつかのタイプの暴露が同時に用いられます。

([1]p25)現実型曝露を行った場合、恐怖症の患者での心拍数の増加に比べ、OCD患者では、それがなかなか得られないため)「OCD患者での現実型曝露は恐怖を呼び起こすのに優れているようには見えません。」その理由として、「OCDは恐怖症よりも、想像に左右される可能性があること(Levin et al,1982)[9]」「OCDの恐怖構造がより複雑になっていることにあります。」また、「OCDは、構造が一貫しているとは言い難い可能性があり」とも書いてありました。

([1]p26)恐怖症の患者では、現実型曝露の方が、感情処理が促進され、臨床結果も優れたものになりますが、OCDの患者では、想像型と現実型の曝露とでは同様の変化をもたらすと予想されます。

([1]p27)「台所のコンロをチェックする強迫症状を持つ人は、爆発するガスによる大規模な破壊のイメージを抱いたまま、1回目でガスを消せることを体験する必要があります。」

([1]p28)「セッション内の馴化が起きて、特定の反応要素とその関連で解釈された意味を変容した場合でも、外部からの潜在的な危害への誤った表現(*3)にとらわれる可能性があります。 恐怖の構造が実際の脅威に反応するプログラムであったとしても、脅威の表現が残っている限り、恐怖の反応は続きます。したがって、長期的な恐怖の軽減には、恐れている状況を刺激と表現することと関連した脅威の表現との間のリンクを弱める必要があります。細菌恐怖の人が、目に見えない感染による将来の症状を心配して待つように、多くの場合、潜在的な被害がすぐに起こると予想できないものです。このような誤りを確認できない情報では、必然的に時間の遅れが伴います。時間をかけて曝露を繰り返すことで、それまでの恐怖記憶の要素を長期的な新しい結果の表現に置き換えることができます。

つまり、曝露療法をしたからと言って、この段階では、細菌恐怖の人が、感染しないという保証を得られるわけではありません。しかし、感情が処理され、SUDsや生理的な反応が軽減していった体験が記憶に残ることで、細菌への感染への切迫感、重大さも薄れていくわけです。
*注3:刺激や脅威の「表現」という言葉が使われます。研究者は、患者にとっての刺激や脅威を直接、観察できるのではなく、それを言葉や態度で表現した情報から読み取るので、そのような言葉が使われています。)

([1]p29)「Foa(1979)は、OCD患者が、セッション内で馴化に失敗し、さらにセッション間での馴化にも失敗したことから、2つのプロセスが独立していない、つまり長期間の馴化は、短期間の馴化によって導かれることを示唆しています。長期的な危害への何らかの概念を許せないために、恐れている状況を繰り返し気にすることが必要になってしまい、この許せなさが長期的な馴化の根底にあると議論してきました。」

8. 日本で病理学研究が知られないことによる問題

現在、精神療法のほとんどは、海外の研究者によって開発され、英語で発表されたものです。日本で、そのような海外の精神療法が広く知られるのは、次の2つのパターンに大きく分けられると思います。

パターン1:心理学者が中心となって、第3世代の行動療法のように、その時代の新しい心理療法が紹介される場合。

パターン2:精神医療で精神疾患への治療法として、OCDの曝露反応妨害、PTSDのPEのように紹介される場合。

しかし、それぞれの心理療法が開発された背景となる病理学の研究が知られることはあまりないと思います。感情処理理論も、病理学に基づいて、地道に多くの研究を解析した産物です。第2世代の行動療法が研究されていた時代、日本では認知療法、認知行動療法は伝わってきても、病理学としての認知と行動との関係については、それほど詳しく紹介されていないと思います。

PTSDへのPEは、マニュアル化されていて、それが日本でも、書籍や研修を通して、広められています。OCDへのFoa博士らによる曝露反応妨害は、一般向けの書籍[4](2002)に出版され、実はOCDへのPEが背景にある内容です(2022年、書籍は重版されていないようです)。[4]邦訳p217によると、当時、ペンシル医科大学の不安症・治療研究センターでFoaらが行っていたプログラムでは、15のエクスポージャー(それぞれ2時間単位で3週間以上かかるもの)に加え、毎日2-4時間のホームワークを含むものです。

Fao博士による曝露療法の邦訳本

しかし、治療者が、そのようなマニュアル・書籍を読んで、やろうと思っても、実際の精神疾患は、患者さんごとに異なるので、戸惑うこともあるはずです。そのようなときに大事なことが、踏まえるべきポイントを踏まえているかです。それを知るには、個々の患者さんごとに精神疾患の病理と曝露療法のしくみ、根拠となる理論を押さえることなのですが、英語圏の治療者とは異なり、そのような情報が伝わりにくいのではないでしょうか。

その結果、治療者が曝露療法を用いたつもりが、症状の改善する割合が少ないなど、患者さんに支障が及んでいませんか。

私は、長年、OCDの患者会を開催してきた間に、患者さんから治療体験を聞くことで、しばしば疑問に思ったことがありました。また、この記事を書くに際して、文献をくわしく読み、私自身も、勉強になりました。

以上、ご参考になれば幸いです。

謝辞

文献[1,2]など関係論文を発表されたFoa,E.B.博士ら研究者に敬意を表します。

文献

[1]Foa, E. B., & Kozak, M. J. (1986). Emotional processing of fear: Exposure to corrective information. Psychological Bulletin, 99(1), 20–35. https://doi.org/10.1037/0033-2909.99.1.20

[2] Foa, E. B., & McLean, C.P. (2016)The Efficacy of Exposure Therapy for Anxiety-Related Disorders and Its Underlying Mechanisms: The Case of OCD and PTSD. Annu Rev Clin Psychol.;12:1-28.  doi: 10.1146/annurev-clinpsy-021815-093533. Epub 2015 Nov 11.

[3] American Psychiatric Association. (1987) Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, DSM-III-TR. American Psychiatric Publishing, Inc.

[4] Foa & Wilson(1991,2001)Stop Obsessing!, Bantam、邦訳:片山奈緒美[訳](2002)「強迫性障害を自宅で治そう!」VOICE

[5] Foa, E. B., & Chambless, D. L. (1978). Habituation of subjective anxiety during flooding in imagery. Behaviour Research and Therapy, 16, 391-399.

[6] Rabavilas, A. D., Boulougouris, J. C., & Stefanis, C. (1976). Duration of flooding sessions in the treatment of obsessive-compulsive patients. Behaviour Research and Therapy, 14, 349-355.

[7] Grayson, J. B., Foa, E. B., & Steketee, G. (1982). Habituation during exposure treatment: Distraction versus attention-focusing. Behaviour Research and Therapy, 20, 323-328.

[8] Sartory, G., Rachman, S., & Grey, S. J. (1982). Return of fear: The role

of rehearsal. Behaviour Research and Therapy, 20, 123-133.

[9] Levin, D. N., Cook, E. W., Ill, & Lang, P. J. (1982). Fear imagery and fear behavior: Psychophysiological analysis of clients receiving treatment for anxiety disorders. Psychophysiology, 19, 571-572.