4-2.強迫症のための手の洗い方

著者:有園正俊 公認心理師

感染症が流行っていると、予防のために、通常よりも念入りな手洗いが必要とされる場合があります。
しかし、強迫症/強迫性障害(OCD)のために、手洗いが強迫行為となっている場合、手洗いが十分でないことへの不安や許せなさが高まり、洗う場面、回数、時間が過剰になっても、止めたり減らすことが難しく、苦痛となってしまうことがあります。このページは、そのような人向けの情報です。

目次
[1]手洗いの分類
[2]除菌とは?
[3]皮膚が荒れては本末転倒
[4]時代による衛生の変化
[5]普通の洗い方を目指すと難しい場合がある

[1]手洗いの分類

1-1)洗い方は、次の3つに分けられます。[1]

① 日常・・・一般の人が、日常や家庭での汚れを落とすことが目的としたもの。流水による手洗いで十分なことが多い。(感染症が流行っているなど特別な状況を除く)

② 衛生的(職業での食品調理、製造)・・・食中毒などを防ぐためのもの。汚れを落とすほかに、付着微生物(菌)を減らす目的で行われる。

③ 手術時(医療で患者に処置をする場合)・・・患者の身体内部、傷口などに触れる可能性があるため、手の常在細菌なども可能な限り除去するよう、厳密な手洗いを行う。

<普通の日常では>
・水洗いでは落ちない、油汚れや土が皮膚にこびりついている場合、石けんが必要になります。

・通常は、視覚、触覚、嗅覚の感覚で汚れがあるかないか判断すれば十分です。
感覚とは、
肉眼でパッと見る、
油のべたべた、粒のざらざらした触覚
臭い(触覚や臭いに敏感な人は、判断の参考にならないことがあります)
で、ざっと判断することです。
OCDの患者さんが、厳密にチェックすると、これらの感覚も正常な判断ができなくなってしまうことがあるためです。

1-2)手洗いの動画
洗い方の参考までに。これを目指すためではありません。

不潔恐怖でない人の手洗い:OCDの参考のため(YouTube)約15秒。

YouTubeには、多数の手洗い画像がありますが、多くが、食品衛生、医療・手術の手洗いのための動画です。手洗いが強迫行為になっている人は、日常生活で真似してはいけません。

1-3)手を洗っていい場面( [2]「強迫性障害からの脱出」)
① トイレに行った後で、洗うのはよろしい。
② 食べる前に、洗うのはよろしい。
③ 身体のどこかに(目に見える)汚れを見つけたときは、洗ってよい。
④ 有毒物のラベルがついているものに触れたときは、洗ってもよい。

[2]除菌とは?

まず汚れを除くことと、除菌とは意味が異なります。
汚れは、物質なので、それを拭きとったり、油汚れは石けんにくっつけて、水に流すことで除去できます。
除菌とは、細菌が増殖しないよう数を減らすことです。
たとえば、アルコールは、揮発性があり、細菌を殺す作用があります。そのため、細菌さえ減れば、ほかの物質が残っていても、除菌できたことになります。

アルコールの除菌効果は、下記の表のように高いです。しかし、アルコールを手や皮膚に使いすぎると、皮膚の細胞の水分を奪うため、かさかさとなって、やがて手荒れが悪化します。

除菌を意識する必要があるのは、②衛生的な手洗い以上の段階です。感染症などの心配がない①日常の手洗いでは、除菌を意識する必要はありません。

手に限らず、人間の皮膚、服など外気に触れるあらゆる物の表面には、いろいろな微生物(菌)がいます。それで、菌の生態系は、自然にバランスが取れています。
そのため、皮膚の表面を完全に除菌するのは不可能で、それを目指すと、皮膚の細胞にも害が及びます。

「暮らしと体のダニ・カビ撃退法」(主婦の友社)[3]
水道水のみによる流水手洗い・・・除菌率が平均50%
薬剤固形石けんを使用・・・除菌率が平均63%
薬剤液体石けんを使用・・・除菌率が平均74%

手洗いの方法と除菌効果

いずれも手を洗う回数は1回です。

手洗い時間と効果の関係についても、手洗いの時間を延ばしても、それほど効果が増さないことが指摘されています。
調理のための衛生的な手洗いで、時間をかけるのであれば、2回手洗いを行うことが効果的です。・・・10秒間の石けんによる手洗いを2回行うと、60秒1回の手洗い以上の効果が得られています。[4]

注:短時間の手洗いを2回というのは、職業で調理する前の衛生的な手洗いについての実験であって、手洗いが強迫行為になっている人が日常生活で真似してはいけません。強迫症の患者さんが同じ行為を繰り返すと強迫行為のモードになって、止めにくくなってしまう傾向があるためです。

[3]皮膚が荒れては本末転倒

強迫症のために、手や体を石鹸で洗いすぎたり、除菌用品で拭き過ぎると、皮膚がささくれだって、肌荒れになってしまう人がいます。
そのような状態になると、皮膚に必要な皮脂が減り、表皮細胞が損傷してしまうこともあります。
皮膚の表面には、皮脂という油が分泌されて、保湿と、病原菌や外界からの刺激物から皮膚を守る働きをしています。 石鹸や洗剤は、油汚れをとるための成分が含まれているため、使い過ぎると、皮脂も奪われてしまうためです。皮脂が損なわれると、皮膚が乾燥し、痒くなったり、かえって、外からの異物、ばい菌が体内に入りやすくなってしまいます。

[4]時代による衛生の変化

1950年代以前の日本では、道路で舗装されている場所は少なく、畑仕事や土いじりが日常で、家の中でも台所は、土間といって床がなく、地面がむき出しになっていました。トイレ、風呂、井戸が自宅の外にある場合も珍しくありませんでした。
トイレも水洗・下水道が普及する前の頃は、汲み取り式で、便器にふたをしていないと、たまった汚物の匂いが外に漏れました。便器の下でたまった汚物の中で、ウジがわいて、ハエも発生し、伝染病が流行ると衛生的に問題になる環境でした。

ですから、食事の前、トイレの後に、手を洗うことは、現在よりも、大事だったはずです。しかし、現代では、あえて土や汚れる物に触れない限り、肉眼で汚れが目につくことは、あまりないはずです。
一方で、現代では、病気・衛生に関する情報、手洗いや除菌のための製品も多く、過剰な除菌をあおるような傾向もあります。そのような中で、手を洗うことへの考え方も、誤解されやすくなってしまっている面もあります。

[5]普通の洗い方を目指すと難しい場合がある

手洗いが、強迫行為にになってしまうと、コントロールが難しくなります。
強迫症で、普通の洗い方がわからないという人は多いのです。そのような人たちに、普通で適度な洗い方を教えて、それに慣れようとしても達成が難しいものです。 HP「原井宏明の情報公開」[5]に書かれている行動療法では、次のように書かれていました。
「いくら汚れたと思っても、洗いたくなっても、約束の期間はまったく洗わない・洗わせないという方法をとります。アルコール依存症の人にとって断酒はできても節酒は困難なのと同じように、手洗い強迫の人には人並みの洗い方をすることが困難なのだということをわかっていただかなくてはなりません。まったく洗わないほうがむしろ楽にできるのです。洗わずにいても何も悪いことが起こらないと気づいてもらった上で、治療者と一緒に、ほどほどに洗う練習をくりかえします。」
つまり、手を洗う場面を制限していきます。
たとえば、自宅の床が汚いと思っている強迫症の人では、ペンが床に落ちたのを拾うと、それを触った手には、床の汚れがついているので汚いと思い、手を洗いたくなる患者さんがいます。しかし、それが気にならない人は、その程度では手を洗わないので、それを真似します。
ただし、行動療法をする前に、強迫症や認知行動療法の基本的なしくみを理解していただく必要があります。

引用・参考

[1]Hygiene Shop> 手指衛生について
[2]リー・ベア 「強迫性障害からの脱出」昌文社(2000)p202
[3] 吉川翠・倉田浩 「暮らしと体のダニ・カビ撃退法」主婦の友社(1990) p120
[4] 手洗いに関する科学的な根拠(外部リンク)
[5] HP「原井宏明の情報公開」(リンク切れ)
[6]藤田紘一郎「バイキンが子どもを強くするーキレイすぎおかあさんへの100の警告」婦人生活社(1999) p208