4-4.確率と無視できるほど小さい

著者:有園正俊 公認心理師

私が強迫性障害だった頃、頭の中で、どんなに考えても、強迫観念のような悪いことが起こる可能性がゼロにはならないってことがありました。

菌でも有害物質でも、ごく微量なら、空気中でも、物の表面でもいたるところにある物が、いっぱいあります。しかし、大半の人は、特に気にしないで生活していますよね。OCDの人でも、呼吸はしているわけですから、目に見えないくらいの微量な量なら、いろいろな物質を吸いこんでいるわけです。

また、安全でいたいがために、家でじっとしてたとしても、空から落下物が落ちてきたり、交通事故に遭ったりという確率は、決してゼロにはならないわけです。

私が強迫だった頃は、カビの菌の広がり方が、本に書いてあることと違うと気づいたら、どこまで警戒していいのか、その範囲がわからなくなって、強迫の対象の一つになっていました。不潔恐怖の人が、汚いと考えるエリアを自分で定めて、それに近寄らないようにしたり、もし触ってしまった場合、過剰に洗ってしまう人がいます。当時の私も、カビに関しては、似たような状況になっていたわけです。
また、私は、理系だったし、自分で調べられることは、当時、かなり調べていました。保健所などに問い合わせても、応じてくれた職員が科学的にいい加減な答えをすると、自分の考える理屈との矛盾は解消しないままでした。

その頃、それに対抗する理屈として思い出したのは、私が工学部の学生時代、教科書にあった考え方です。

電気回路をつくるとき、物理の法則を使うのですが、実際の回路では必要な法則だけ使って、微量で、無視しうる程度のものは、法則を考えなくていいってことになってます。例えば、ただの電線からでも、ちょっとの温度の違いで微細には電線の状態は変わるし、ものすごく小さな雑音が発生するなどという公式は、探せばいっぱいあります。でも、もし1ボルトで動作する回路で、それによる影響が、計算では、0.0001ボルトといったように何桁も小さい数字であれば、実際には、まったく影響ないので無視します。理論だけの物理と違って、実際にそれを製品にする工学では、無視できるほど小さいとして、そのような公式は考えないようにしないと、やっていけません。

それと、科学研究というのは、非常にお金がかかるものです。そのため、インフルエンザやエイズのように明らかに健康に被害を及ぼすものか、研究すれば新商品として利益をもたらすものにしか、研究はされません。

世の中、わからないこと、科学的に明らかでないことがあって当たり前なのです。それ以上、頭の中だけで考えても、解決しない考えとは、よくあるものです。そういうときは、その考えに、そこで栓をします。わからないまま、そのままにして、日常のほかのやることを、普通の人と同じようにする感じです。

頭だけの観念的な理屈を、実際の世界に当てはめるには、可能性がわずかなことを無視することが必要な場合があります。

認知療法では、自分にとって非常に気になる考えであっても、他の人ならどう思っているだろうというように、視点を変えてみます。他の大多数が無視していると気づいたら、自分は、どう選べばいいか判断の参考にします。その他、考えの根拠は確かかなど、視点の変え方はいろいろあります。