1-6.強迫観念のしくみ

著者:有園正俊 公認心理師

強迫症/強迫性障害(OCD)の症状である強迫観念について、精神医学的にわかっていることを、まとめました。
元の文献で、わかりにくい部分を、わかりやすい日本語に置き換えてあります。

(1)強迫観念と侵入思考

強迫観念は、(個人差はありますが)自分の意思に反して、頭の中に思い浮かび、それをあれこれ考えてしまうことで、なかなか頭から離れなくなってしまうものです。嫌な考えなので、強い不安や精神的な苦痛をもたらします。(←診断基準[6]を参考にわかりやすく表現)

侵入思考(Intrusive Thoughts)・・・自分の意思に関係なく繰り返し思い浮かぶ考え、言葉、イメージなどのうち、受け入れがたく、不快感を伴うもの。(ラックマン)[1,2]

侵入思考だけなら、誰でも経験します。
「強迫観念と似たような内容の、意思とは無関係な侵入思考はごく一般的に生じ、OCDでない集団の約80-90%で経験される」[2]p198

誰でも経験する侵入思考の例:
外出のとき戸締りが大丈夫か、たびたび気になる。
体にちょっと違和感があったときに、深刻な病気でないか心配になった。

下向き矢印

強迫症になると
OCDの侵入思考は、健常者に比べ、より強烈、持続的、執拗、苦痛を与え、粘着的である。([1]p18 ,47ラックマン、シルヴァ、1978)
OCDでの強迫観念は、思い浮かんだ侵入思考について、このままにしていたらどうなるか想像したり、どうしたらいいかを考えるという反応した(意図的な)考えも含まれます。
侵入思考は、誰もが経験するものですが、そのどこかが拡大されてしまったものが強迫観念です。強迫観念は、誰でも経験する範囲を超えています。

強迫観念の例:
「外で使ったカバンや服のまま、自宅に入ると、室内にその汚れを広げてしまう。それは、何としてでも避けたいので、玄関に入ったら着替えないではいられない。」
「夫は、先に帰ったはずだが、ちゃんと玄関で着替えただろうか。雑に、カバンを置いていないだろうか。自宅に帰ったら、念のために、私が玄関を拭き直した方がいいのでは。」

強迫行為の例:
玄関で、カバンを丁寧に、アルコールで拭く。それが終わったら、着替えて、シャワー室へ行く。夫とカバンを確かめる

強迫観念の例:
(強迫行為でカバンを拭いている最中でも)「カバンの底が、ちゃんと拭けたか?拭いている回数が、3回目ではなく2回目ではなかった?」

頭の中の強迫行為の例:
カバンを拭いた記憶を思い出して確認する。拭きながら、回数を声を出さずに唱える。

これらの関係を、下図に示します。

強迫観念と強迫行為を内面と外見でわけて説明した図

強迫症での侵入思考は、戸締り、外出、汚いと思うものを目にするなど、特定の場面(刺激、トリガー)に出合うことで生じる場合もあれば、出合って、しばらく期間を置いてから思い浮かぶこともあります。また、そのような場面に出合うことに関係なく、頭の中で思い浮かぶ場合もあります。
例:
場面:混雑した道で人とすれ違った→侵入思考「あのとき、人にぶつかって、ケガさせてはいないか?」
場面:夫が「ゴミを出してきてくれた」→侵入思考「その手をちゃんと洗ったろうか?」
場面:直接には出合っていない→侵入思考:嫌な人の顔が何度も思い浮かぶ。

(2)疑念

強迫観念、侵入思考には、常に疑念(doubt)が含まれる。[2]p211

疑念の例:
「ストーブのスイッチをさっき見て確認したが、ちゃんと見えていたろうか?」
「さっきちらっと見えた黒っぽい点は、もしかしたら**だったのではなかろうか?うっかり踏まなかったろうか?」

疑念・・・自分の記憶、注意、直感、認識への確実さ、もしくは信頼が損なわれていることと定義されます。[3]

強迫観念では「疑念は、感情を伴い、個人的に重要な問題として捉えられる。」[2]p211

疑念は、決断することを難しくさせ、「ちゃんとできていない(not-just-right)」不完全・不確かな感覚をもたらしているようです。[3]

(短期)記憶・・・「さっきスイッチを消した」「ここを何回まで洗った」などという安心につながる一時的な作業の記憶に、「見逃してないか」「うっかりしていないか」という疑念が思い浮かび、自信がなくなります。
逆に、「床にボールペンを落とした」「家族が約束を破った」のような不快な記憶は、ずっと覚えていやすい傾向があります。

注意・・・何か音がしたり、注意がそれると、その間に「悪いことが起きたのでは?」、「強迫行為がちゃんとできていなかったのでは?」という疑念が思い浮かびます。

直感への疑い・・・何かあった瞬間は、直感で「このくらい大丈夫かな」と思えるのですが、後になって「いや、このまま放置して、もし悪いことが起きていたら大変だ。戻った方がいいのでは?」という疑念が生じます。

認識・・・見た目など感覚では何も悪いことが起きていなくても、それで大丈夫だという認識がなかなか得られず、目に見えなくても、「どこかにミスがあるのでは?」と疑念が生じます。

感覚による錯覚、認識の異常が解釈に影響することもあります。

例1:確認のときに、ガスや電気のスイッチをジーっと見ても、切れているという実感がなかなか頭に入ってこない。

例2:加害恐怖、不潔恐怖で、実際は、距離が開いていたのに、触れたかもしれない感じがしてしまう。

「ストレスに曝されることよって、不快な侵入思考の頻度が増す。それによって、苦痛も増す。[1]P24-26

(3)疑念が思い浮かぶと、さらに気になる

「疑念は、純粋な疑問というより、現状へのもっともらしい思惑で、さらなる推理が行われる前提となる。」=(自分、周囲の人への)不信感

「疑念の推論は、次なる可能性を連鎖的にいくつも想起させるが、言うまでもなくこれらの可能性はすべて否定的である。」[2]p201
疑いへの執着・・・病的な疑い深さ。もしかしたら***がという疑いが、どこまで考えても抜けません。

かつては気にしなかったことが、(強迫症が進むと)破滅的な事態になるのではという誤った意味付けがされることで、脅威となってしまう。=破滅的な誤解

不快や不安などの感情と、震えや発汗など身体反応によって、恐るべきことがコントロールできないほどになるような切迫した兆候のように捉えてしまう。
不安感は、自分の反応に対してコントロールを失っていることを意味しており、その結果として望まない衝動に左右されてしまう危険が増えると感じられることもある。」[1]P26-27

(4)独自の理屈

強迫観念では、疑念から推論まで、独自の理屈ナラティブ:inductive idiosyncratic narrative)に基づいて行われる。[2]p206

例:「**にさわった手で、他のものにさわると、**の汚れがついて、汚れたものが広がってしまう。しかし、見た目では、汚れはついているように見えなし、他の人は、気にせずにさわっている。」

・想像した推論と、実際の感覚情報は、異なる部分があります。
しかし、OCDの患者さんは、目という感覚では見えなくても、強い感情とともに疑念・不信感がよぎるために、汚い・危険と思い込んでしまう。
・疑念について想像上の理屈を繰り返すことで強化されていきます。
頭で悪いことは、絶対に起きないと証明しようとしても、もしかしたらという疑念が思い浮かぶために、安心がなかなか得られません。

推論の誤り+主観的な理屈(ナラティブ)と現実の混同→推論の混同[2]p208

下向き矢印

警戒が、現実に必要な範囲に比べ、過剰になっていきます。

(5)強迫症での認知モデル

トリガー、侵入思考、解釈、感情、行動の説明図

トリガー、侵入思考、解釈、感情、行動の説明図[4]p13を和訳

信念・・・侵入思考や解釈に影響を与える自動的な考え方のパターン。

中核的信念(core belief)・・・信念に影響を与えるその人の価値観。

これらによって、侵入思考に対し、「それが進むととても悪いことが起きるかもしれない」「何か見過ごせない」解釈をしてしまいます。そうなると、嫌な感情も強まり、強迫行為をしたくなってしまいます。

(6)誤った信念のパターン

強迫症でよく見られる誤った信念のパターンは、OCCWGという国際的な研究グループによって、次の6つの領域に分類されています。[2][5]

思考:
1.思考の過大評価・・・侵入思考が思い浮かぶことについて、重要だと過剰に解釈している。

2.思考のコントロール・・・自分の望まない侵入思考は、コントロールし(打ち消さ)なければならないと思う。

責任と脅威評価:
3. 過大な自己責任・・・通常の社会的な責任を超えて、自分のせいであるように意識してしまう。例えば、他人や会社が追うべき責任まで、自分のせいにして考えてしまう。

4. 脅威、危険の過大評価・・・危険の起こりやすさ、深刻さを過剰に考える。例えば、感染方法や防御の手段が、科学的な範囲を超えて、やり過ぎていたり、ちょっとのミスから深刻な被害が起こってしまうのではないかと考える。

完全主義と確実さ:
5.あいまいさへの不耐性・確証の要求・・・あいまいな部分が残っていると、不安となり、耐えられない。

6.完璧主義・・・少しのミスも、あってはならない。もしあれば、そこから重大なことが起こってしまいそうな感じがする。

参考文献

[1]スタンレイ・ラックマン[著]作田勉[監訳]「強迫観念の治療」世論時報社(2007)
[2]デイビッド・A・クラーク[著]丹野義彦[訳/監訳]「侵入思考」星和書店(2006)
[3]Gerald Nestadt, Vidyulata Kamath, Brion S Maher, et al. Doubt and the Decision-making Process in Obsessive-Compulsive Disorder. Medical Hypotheses, Vol96, November 2016, p1-4.
[4]Gail S.Steketee Sabine, Ph.D. Wilhelm, Cognitive Therapy for Obsessive-Compulsive Disorder: A Guide for Professionals;New Harbinger Pubns Inc; (2006)
[5]代田剛嗣「認知行動理論における強迫性障害の信念について」2006
[6]アメリカ精神医学会(APA)[著]、日本精神神経学会[日本語版用語監修] (2014)「DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル」医学書院