3-3.トラウマ、PTSD、適応反応症と強迫症

著者:有園正俊 公認心理師、精神保健福祉士

強いストレスやトラウマに関連した精神の病気の特徴、強迫症との関連、診療の受け方について紹介します。
患者さんの中には、つらい出来事による記憶や症状を押し殺してきたという人もいます。そのような話を精神科の診療でしていただくのはいいのですが、封印してきた体験を一気に話すと、かえって精神症状も一時的に強く出てしまうことがあります。そのような注意点についても書きました。
(注:このページには、OCDサポートの心理相談室では行っていない診断、薬物療法の情報も含まれます。)

目次
1.トラウマとストレス
2.ストレス・トラウマ関連の症状
3.トラウマと強迫症
4.対処と診療
5.参考

1.トラウマとストレス

PTSDとは、
Post=後(トラウマとなった出来事から離れ、1ヶ月以上後になっても精神症状が続く場合です)
Traumatic=トラウマ(心的外傷)による
Stress Disorder=ストレス症
の略で、心的外傷後ストレス症と訳される精神科の病気です。
つまり、精神症状として、ストレス障害が表れていることになります。

ストレス・・・危害を与えるものに、さらされたことで生じる心身の変化(ひずみ)です。
ストレッサ―・・・ストレスをもたらすもの・出来事。

1-1)出来事による区別

PTSD、トラウマ(心的外傷)をもたらす出来事とは、
暴力的な事件、戦争、虐待、災害などによって、死にそうになる、重傷を負うような体験、
性的な暴力による被害
です。それらを直接、体験する、身近で目撃する(家庭、職場も含め)、近親者、大事な人が被害を受けた場合です。(参考:診断基準[1])

ハラスメント、いじめ、体罰、暴言、虐待などのうち、命の危険や、性的暴力ではない場合、PTSDやトラウマの診断基準に当てはまらないことがあります。しかし、そのよう場合でも、ストレスが強い、もしくは長期間繰り返されることで、PTSDと似たストレス障害(SD)の症状が現れることがあります。

適応反応症・・・ストレスが原因だと明らかに考えられるが、PTSDやうつ病などの他の精神疾患では説明できない場合です。ストレス障害(SD)と同様の症状が表れます。適応障害は、診断基準[1]によると、原因となったストレスが治まれば、通常、症状がその後さらに6カ月以上続くことはなく、自然に回復していくとされています。

・強いストレスをもたらす出来事を体験した人が、その後、うつ病、強迫症(OCD)、パーソナリティ障害、摂食障害などの精神症状を経験することがあります。

1-2)期間による区別:

強いストレスや恐怖に出合った直後に、大きなショック、警戒感などを抱き、精神・身体が現われるのは、自然な反応です。
出来事の後、4週間以内の場合、急性ストレス症という診断がつく場合があります。

その後も、暴力やストーカー行為が繰り返される可能性が、現実的に高ければ、警戒するのは当然で、ストレス障害の症状が残るのも、自然な反応である場合もあります。
また、一般的なストレスであれば、ストレッサーから離れていると、日がたつうちに、不調は、自然に和らいでいくものです。このような自然回復できる作用をレジリエンスといいます。
しかし、PTSDと診断されるのは、このような出来事から離れ、再び危険がないような状態になって、
1カ月以上たっても、症状が続いている場合です。[1]

1-3)子どもの頃の環境による用語:

児童期マルトリートメント体験…子どもの頃、親による暴力、ネグレクトなどで家庭環境に問題があった場合、その後、精神の働きに影響することがあります。二次的にPTSD、複雑性PTSD、うつ病、強迫症、解離性障害、摂食障害、依存症など様々な疾患に影響を与えていることがあります。

機能不全家族、アダルト・チルドレン(AC)・・・元々は、アルコール依存症によって家庭内で暴力が繰り返される環境と、そこで育った子どもに用いられる言葉です。やや古い用語で、病名ではなく、俗称です。現在では、児童期マルトリートメント体験として研究されるケースが増えました。

1-4)診断基準は、時代とともに変わる

心的外傷後ストレス症(PTSD)という疾患名は、診断基準ではDSM-Ⅲ(1980年)から登場しました。それ以前に、戦争神経症は知られていて、1970年代ベトナム戦争を経験した兵士の診療から、PTSDへの研究がされていました。
DSM-Ⅲ、Ⅳでは、強迫性障害もPTSDも不安障害に分類されました。その後、PTSDの診断基準は、DSM-Ⅲ-R(1988)[2]で、外傷となった出来事、再体験、回避、覚醒の亢進という項目が整理されました。DSM-Ⅲ-Rでは、出来事の例として書かれていたのは、重大な脅迫、傷害、事故、身体的な暴力などです。DSM-5[1]になって、出来事の例として、性的暴力も加えられました。

2)ストレス・トラウマ関連の症状

トラウマもしくは、それに匹敵するくらい強いストレスにさらされたときの症状を、患者さんの視点で診断基準[1]とは分類を変えて、紹介します。

2-1)思い出される

出来事の後も、思い出したくない記憶が、頭によぎってしまいます。=侵入思考
トラウマで、思い出される侵入思考には、次のようなものがあります。
出来事の場面が映像で思い浮かぶ
記憶というには、やけに生々しい
時間の感覚がおかしく、まるで再び体験しているかのような感覚が起こる=フラッシュバック
逆に、出来事に関連した記憶で、思い出せない部分がある場合もあります。
侵入思考としては、後悔、相手を許せない思い、他人を巻き込んだ罪悪感など、嫌な感情を伴う考えが、頭の中でぐるぐるする。

2-2) 睡眠関連

なかなか眠れない、
途中で目が覚めてしまう、
睡眠が浅い、
記憶が、夢に反映され、苦しい悪夢をよく見る。

2-3)活動の回避と減少

出来事を思い起こさせる場所、もの、危害を加えた人と似たタイプの人を避けたくなります。
また、意図的に避けていなくても、
他人と関わること、何かの活動に参加する意欲が低下したために、他人とのつながりが減る
集中力が減ったために、そのような活動を避ける
ことがあります。そのため、孤独感を感じたり、以前の生活との違いに悩まされることがあります。

2-4)心身の感覚

警戒心が強くなり、安心感が得られにくい
満足感、愛情、温かい気持ちなどポジティブな感情を感じられにくい。
怒りやイライラなどしやすく、落ち着かない
攻撃や自己破壊的な衝動が現われることがある
身体に、ドキドキ、息苦しさ、気持ち悪さなどを感じる

3.トラウマと強迫症

PTSDや適応障害をもつ人が、強迫症を併せもつ、もしくは強迫症の背景に、過去のトラウマや強いストレス体験が影響しているのではと疑われるケースもあります。
(強迫的な症状がない人は、この項を飛ばして読んで構いません。)

3-1)侵入思考が何度も思い浮かぶ

PTSD、適応反応症や、強迫症での強迫観念では、本人の意に反して、嫌な考えやイメージが、侵入的に繰り返し思い浮かび、コントロールが難しい点が似ています。

3-2)二次的な強迫症

過去にトラウマとなった出来事、もしくは長期間ストレスが続いた体験をしたことで、不安や警戒に敏感となり、二次的に強迫症を発症することがあります。

3-3)回避の過剰さ

PTSDの患者さんは、原因となった出来事を思い起こしそうな場所、人物を避けたくなります。
たとえば、男性に被害を受けた女性が、似たような印象の男性を警戒し避けるようになったり、夜間、事件に遭った人は、夜の外出を避けたくなることがあります。
しかし、回避する範囲が過剰になると、強迫的な症状となり、現実の生活での支障も増してきます。
例:
成人の男性はすべて恐ろしくなって避けたくなる、
誰かと一緒でないと昼でも自宅の外に出られないと思う、
事件を連想することが嫌なのでニュースは一切見ない。

3-4)確認強迫につながる場合

背後から人に襲われた経験をもつと、自分の後ろに誰かいないか、部屋の戸締りがしっかりできているかなどを何度も確認したくなることがあります。このような行動が高じると、強迫行為になることがあります。

3-5)汚染/洗浄の強迫につながる場合

性的な被害を受けた人が、そのときに着ていた服をすべて捨てたくなったり、自分の体が汚れたような気がしてしまうことがあります。事件の直後に、このような思いに駆られるのは、自然なことです。
しかし、その後も、事件とは直接関係がない男性まで汚く思え、彼らに触れたかもしれない服や持ち物を、洗浄や廃棄してしまうことを繰り返すと、強迫症状になっていくことがあります。

3-6)他者・社会の理解と関わり

患者さんの外見からは、症状がわかりにくい場合は、PTSDでも強迫症でも似ています。特にトラウマ体験は、事件や被害の内容によっては、よほど信頼できる人にしか話せないことも多く、家族にも話せずに1人で苦しみを抱えていたということも珍しくありません。
また、どちらも警戒心が強くなる疾患で、重症化すると、他者や社会との関わりが減り、自宅にこもりがちになることがあります。

3-7)自分の中で命令されている感じがする場合

強いストレスにさらされたり、繰り返されたりしたことで、本来1つである精神の働きが複数に分かれてしまことがあります。それが、度々起こるようになると、解離性同一障害に当てはまる場合があります。記憶の一部が思い出せなくなる解離性健忘離人感(非現実感、自分の体外に精神が離れてしまうような感覚)などの症状があります。患者さんによっては、強迫症との区別が難しい場合があります。
参考:3-2.妄想、解離と強迫観念の違い>(5) 自分の中に複数の自分がいる解離

4.対処と診療

4-1)安全確保

まず危害やストレスをもたらす人、状況から離れて、安全を確保することが大切です。一人では、難しい場合は、所属先・警察・役所の相談窓口、医療機関、支援団体などに問い合わせてください。

4-2)専門家への出来事の話し方

事件、性的暴行、虐待など、相手が専門家であっても話しにくいことがあります。そして、精神科医や心理師でも、トラウマに対応できる技量は、さまざまなので、患者さんとしては、最初から打ち明けにくいこともあって当然です。

まず自分の中で、今の精神症状が始まるまでに、何か強いストレスを受ける体験をしていなかったか、振り返ってみてください。無理のない範囲で。

例:いじめ、家族や近隣とのトラブル、膨大な仕事と残業、スポーツでのしごき・・・

そして、専門家の診療を受けた際に、自分と相手の様子を見つつ、徐々に話していくといいと思います。もしトラウマの診断基準に当てはまらなくても、診療の参考になることがあります。
また、泣いたり、怒ったり、そういう感情も出くるかもしれませんが、それも自然なことです。
ただ、今までに封印してきたトラウマ記憶を、一気に話そうとすると、その後、想起などの精神症状が激しくなってしまうことがあります。
特に、面談の終了間際で、十分な時間がない時に話しが始まると、その精神症状を時間内に落ち着かせることができないことがあります。また、患者さんによっては、それを事前に察知できないこともあります。
このような判断は、専門家であっても、難しい場合があります。そのため、面談には、十分な時間をかけて、必要に応じて、過去の出来事をくわしく話す前から、患者さんが自分の心身の変化をモニターできるような気づき方をトレーニングした方がいい場合があります。

また、せっかく専門家に話しても、その施設では、十分な対応ができない場合は、よりくわしそうな専門家を見つけることが理想的です。行政・司法、犯罪被害者の施設で、そのような専門家を紹介してくれる場合もあるかもしれませんが、そうでなければインターネットで検索します。

4-3)トラウマ関連疾患への治療

アメリカのガイドライン[3]による精神療法と薬物療法です。

精神療法(日本では普及していない療法も含みます)
強く推奨されるもの
認知行動療法(CBT)
持続エクスポージャー療法(PE)
認知処理療法(CPT)
認知療法(CT)
条件付きで推奨されるもの
ナラティヴ・エクスポージャー療法
EMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)・・・治療者が患者の目の前で指を振り、患者が眼球を動かしつつ、過去の嫌な体験に向き合うという治療法です。自己否定的な考えに気づいたり、身体の緊張や不快感を下げて行きます。


抗うつ薬の選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)が第一選択肢とされます。
パロキセチン(商品名:パキシルなど)
セルトラリン(商品名:ジェイゾロフトなど)が保険適応している。[4]

アメリカのガイドライン[2]によると、ベンラファキシン(商品名:イフェクサー)もPTSDの治療薬として推奨されている

・トラウマ関連疾患に、強迫症状が併存していても、薬物療法での第一選択肢はSSRIです。
・いずれの精神療法でも、適切に実施できる専門家(精神科医、心理士)はそれほど多くはないです。患者さんが、治療者を探すのは、難しいこともあるので、受診先を何度か変えるのは、いたしかたない場合があります。

犯罪被害者等のカウンセリング費用の公費負担制度については、警察庁のwebページ、もしくは当サイト精神科の情報>4-6.医療費・福祉制度
全国被害者支援ネットワーク

5.参考

[1]アメリカ精神医学会(APA)[著]、日本精神神経学会[日本語版用語監修](2023)「DSM-5-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル」医学書院
[2]アメリカ精神医学会(APA)[著](1988)「DSM-Ⅲ-R 精神疾患の診断・統計マニュアル」医学書院
[3]American Psychological Association. PTSDガイドライン>treatment
[4]一般社団法人 日本トラウマティック・ストレス学会[著](2013)「PTSD の薬物療法ガイドライン:プライマリケア医のために」