強迫症(OCD)、心的外傷後ストレス障害(PTSD)、恐怖症、社交不安症、パニック症など不安・恐怖という感情(情動)に関連した精神疾患では、曝露(Exposure)療法によって、症状が改善することが確認されています。
そのような曝露療法の効果とともに、そのメカニズムの理論的な裏付けも研究されてきました。その研究で、本質的な部分を解明したのがFoa & Kozak(1986)[1]による情動処理理論(Emotional Processing Theory : EPT)です。その改訂版として、OCDとPTSDを対象にして説明したものがFoa & McLean(2016)[2]にまとめられています。
それらの文献を元に、曝露療法が検証された経緯とポイントを、専門家向けに2ページに分けて紹介します。たとえば、曝露療法で、効果が見られない場合、どこが不十分だったのかを検証する参考になるのではと思います。
なお、日本の文献ではemotionalを情動と訳したものが目につきますが、[1,2]の文献をよく読むと、恐怖や不安を指します。日本語では、恐怖や不安を、情動より感情と呼ぶ方が一般的ですし、感情と訳した方がわかりやすいため、以下、EPTを感情処理理論と訳します。(*1)
目次
1. 古典的な理論による説明の限界
2. 恐怖に伴う情報、生理学的な反応のしくみ
3. 曝露療法で改善するための条件
1.古典的な理論による説明の限界
恐怖の軽減のメカニズムは、1970年代以前も、Freud(1956)、Perls(1969)の他に、行動主義など心理療法のさまざまな学派によって探求されていました。そこで、共通していたのは、恐怖は、逃避や回避をしているから、症状が維持されるので、恐怖をもたらすきっかけに曝露することが有効であるということでした。
たとえば、([2]p3)Mowrerの2要因理論(1951[10]*2)では、「恐怖の獲得には古典的条件付けが含まれ、恐怖の維持にはオペラント条件付けが含まれると仮定しています。恐怖刺激を回避することで、消去学習が妨害されるので、実際には刺激には害がないことを学習できません。刺激を回避・逃避をしない曝露は、恐怖反応を軽減させます。」と書かれていました。
([1]p20)「行動療法の研究者の見解では、不安障害では刺激と反応との関係が異常であるとみなされ、(曝露によって)刺激-反応を解体することで恐怖が軽減すると説明されていました。」
しかし、([1]p21)によると、1970年代には「学習現象で説明した近隣の理論の限界は広く認識されており(例えば、Wagner&Rescorla、1972)、伝統的な学習理論によって恐怖の獲得と維持を説明するのには、難しさもある(Eysenck、1976; Rachman、1976)」と指摘されました。
そこで、([2]p3) Foa & Kozakは、曝露療法の概念について、初期の学習による説明を発展させ、感情処理理論を用いて説明しました [1](1986)。感情処理理論では、病理学(*3)的な不安と、不安への曝露療法のメカニズムを理解することで包括的な理論にさせました。つまり、刺激と反応との関係(S-R理論)だけでなく、それらの意味、情報にも目を向け、病理学的な不安・恐怖が、どのような構造であるのかという理論の究明が行われるようになったのです。(S-R理論についての解説は、2-5.行動療法1 曝露反応妨害の基本と目標設定 を参考に。)
2. 恐怖に伴う情報、生理学的な反応のしくみ
情動処理理論に影響を与えたのが、Lang(1977[3]、1979[4])による生体情報処理理論です。「Lang(1979)は、恐怖構造を、次のように分析することを提案しました。」([1] p21,[2]p3)「恐怖は、次の3種類の情報を含む記憶のネットワークとして表現できます。
(1)恐れる刺激の状況についての情報
(2)言語、身体生理、外見でわかる行動の反応についての情報
(3)刺激と反応の意味について解釈した情報
これらの情報の構造が、逃避または回避行動のためのプログラムになっていると考えられます。」
(注:ここでの情報とは、言葉やイメージだけとは限りません。身体(生理)的な反応、行動も含め、忘れないで、記憶に残るのは、それらの情報が残っているからだと考えます。)
([1]p21)「恐怖構造は、反応要素だけでなく、それに含まれる特定の意味または情報によっても他の情報構造と区別されます。たとえば、競争でバトンを持っている競技者の前を走るのと競技場でクラブを持っている加害者の前を走るのとでは、同じような刺激と反応の情報がプログラムに含まれている可能性があります。恐怖の構造を区別するのは、刺激と反応の意味であり、恐怖の構造だけが脅威からの逃避を含みます。」
つまり、恐怖のような感情(情動)は、外から観察できないため、観察できる刺激、反応、それらの意味についての情報を含む恐怖構造として表現しました。その恐怖構造が、脳に記憶されます。刺激、反応、それらの意味は、恐怖構造の中でお互いに関係し合うので、それらのどこか一部に一致した場面に出合うと、恐怖構造の全体を活性化させます。
(注:意味、情報という認知に関わる言葉を用いても、それを病理学的に解析しているだけです。この段階では、その認知に直接、働きかける認知療法について書いているわけではありません。)
([2]p3)「感情処理理論では、通常の恐怖と病理学的な恐怖とで構造を区別していて、その意味の表現での役割の違いが重要となります。実際に危険な状況に直面した人は、恐怖構造が活性化し、それに適応した行動(たとえば、筋肉の緊張し交換神経の高ぶり)を引き起こします。恐怖構造が病理学的になると刺激、反応、意味の表現の関係が、現実を正確に反映しなくなります。そのため、恐怖構造が、害のない刺激もしくは反応を誤って危険とみなして、活性化されてしまいます。」
([1]p21)「通常の恐怖と異なり、病理学的な恐怖との構造には、過剰な反応要素(回避、生理学(*4)的活動など)と変化への抵抗が含まれると考えられます。Lang(1979[4])は、恐怖への反応の根底には、生理学的な活動が伴うことを示しました。恐怖を感じている間に測定された生理学的反応のデータを集め、検証した結果、恐怖の構造の指標に用いることができるとわかりました。」
生理学的な活動とは、心拍数の増加などです。パニック障害以外の不安関連障害(OCD,恐怖症など)でも、生理学的な身体の反応は見られます。リラックスしたOCDや恐怖症の症状はありません。それを測定した研究によって、症状が現れているときの感情と生理学的な反応の関係を調べ、曝露療法によって、反応が減少することの根拠が確かめられました。
Rachman(1980[5])による研究では、感情処理を感情の反応が減少するプロセスと定義しました。([1]p20)によると「感情処理は、感情の根底にある記憶構造の変容と定義されています。」
つまり、感情の反応があれば、その記憶が脳に構造的に残っていて、その構造自体が変わっていくことを意味します。
([1]p22)「利用できる情報には、新しい記憶を形成できるように、恐怖構造に存在する要素の一部と相反する要素が含まれている必要があります。」
つまり、不安や恐怖に関連した精神疾患では、刺激、反応、それらへの意味の構造が病理学的であるため、曝露療法によって、その構造を活性化させた後、感情の反応が次第に弱まっていくことで、現実的な害がない、生理的な反応が減ったという新たな情報を学習し、これまでの刺激への病理学的な意味が変容します。(参考[2]p3)
しかし、「近年の学習理論では、消去は、古い関連性を変更するのではなく、新しい関連性を発生させるものととらえられています(例:Bouton & Swartzentruber 1991[6])。Foa & McNally(1996[7])は、曝露療法これまでの病理的な構造を変容するというよりも、むしろ刺激、反応、意味の表現において病理学的な関係を含まない構造を作ることで拮抗させることだと提案しました。」
(感情処理理論では、それまでのS-R理論を踏まえていますが、生理学的反応、意味、情報などの言葉を用いた病理学的なしくみとして説明していて、レスポンデント、オペラントなどを用いた説明とは表現が異なります。)
3. 曝露療法で改善するための条件
([1]p22-23)これらのさまざまな臨床と実験室での研究から、曝露療法によって、患者の症状が改善するには、1)-3)の3つが必要であることを明らかにしています。これらは感情処理の指標として役立つ可能性があります。
1)曝露中に恐怖の活性化(activation)させます。
その根拠となる患者の恐怖への生理学的反応の報告があります。Lang、Melamed、and Hart(1970[8])などによって、系統的脱感作(*5, 恐怖の画像への段階的な曝露)から最も効果を得られた恐怖症の被験者が、最初の恐怖の画像の間に心拍数の増加を示したことを発見しました。反応が弱かった者は治療効果もあまり得られませんでした。
2)恐怖の反応が曝露療法の1セッション(*1)内で徐々に減少するまで曝露療法を行います(セッション内の馴化(habituation))。
心臓活動の低下が、恐怖対象の表示が繰り返される間に一般的に観察されています。
3)曝露療法のセッションの回数を重ねることで、恐怖対象への最初の反応が減少します。
馴化とは、Thompson & Spencer (1966[9])によると、特定の刺激への曝露を繰り返していった結果、反応が低下することです。
つまり、曝露療法によって、心臓のドキドキのような生理学的な反応、SUDのような主観的な感情反応が減っていくことで、それらへの解釈・意味のとらえ方も変わります。恐怖構造の刺激、反応、意味の各要素は、お互いに影響し合っているので、1つに働きかけることで、構造の全体が変わる可能性があります。
また、馴化の効果を得るには、ちょっと刺激に出合って、あとは強迫行為をしないで、ただ我慢するのでは難しいのです。十分な効果を得るには、あえて、何度も刺激に曝露し、それによる情動や生理学的な反応が減少するまで繰り返す必要があります。
―――続きは、5-2.曝露療法と情動(感情)処理理論(2)に。
注釈
*1 情動・感情(emotion)―――論文の全体を読むと、恐怖や不安を指すため「感情」「感情処理理論」と訳した方がわかりやすいと思います。感情・情動への説明は、当サイト>1-2.感情・情動とはを参考にしてください。
*2 2要因理論(two-factor theory)―――アメリカの行動療法の心理学者Orval Hobart Mowrerによる学習理論を用いているのでtwo-factor learning theoryとも言います。初出は1947年で、1960年にかけて研究が重ねられています。
*3 病理学(pathology)―――病気の原因・発症のしくみを調べ、診断に役立てるための学問。病理学、生理学は、医学部であれば、基礎医学の授業科目として学習します。
*4 生理学(Physiology)―――人体を構成する組織、器官、細胞がどのような働きをして、どのようなしくみになっているかを解明する学問。
*5 系統的脱感作―――1950年代に開発された行動療法の技法で、脱感作と呼ばれるリラクセーションを用いつつ、段階的に曝露していくもの。ここで、Langらが検証した研究は1970年なので、まだこのような古典的な技法が神経症の治療として研究の対象になったのだろうと考えられます。
*6 セッション(session)―――精神療法での1回の面談のことです。
文献
[1]Foa, E. B., & Kozak, M. J. (1986). Emotional processing of fear: Exposure to corrective information. Psychological Bulletin, 99(1), 20–35. https://doi.org/10.1037/0033-2909.99.1.20
[2] Foa, E. B., & McLean, C.P. (2016)The Efficacy of Exposure Therapy for Anxiety-Related Disorders and Its Underlying Mechanisms: The Case of OCD and PTSD. Annu Rev Clin Psychol.;12:1-28. doi: 10.1146/annurev-clinpsy-021815-093533. Epub 2015 Nov 11.
[3] Lang, P. J. (1977). Imagery in therapy: An information processing analysis of fear. Behavior Therapy, 8, 862-886.
[4]Lang, P. J. (1979). A bio-informational theory of emotional imagery.Psychophysiology, 16, 495-512.
[5] Rachman, S. (1980). Emotional processing. Behaviour Research and Therapy, 18, 51-60.
[6] Bouton, M. E., & Swartzentruber, D. (1991). Sources of relapse after extinction in Pavlovian and instrumental learning. Clinical Psychology Review, 11(2), 123–140.
[7] Foa EB, McNally RJ. 1996. Mechanisms of change in exposure therapy. In Current Controversies in the Anxiety Disorders, ed. RM Rapee, pp. 329–43. New York: Guilford
[8]Lang, P. J., Melamed, B. G., & Hart, J. (1970). A psychophysiological analysis of fear modification using an automated desensitization procedure. Journal of Abnormal Psychology, 76, 220-234.
[9]Thompson, R. F., & Spencer, W. A. (1966). Habituation: A model phenomenon for the study of neuronal substrates of behavior. Psychological Review, 73, 16-43.
[10] Mowrer, O. H. (1951). Two-factor learning theory: summary and comment. Psychological Review, 58(5), 350–354.