2-5.行動療法1 曝露反応妨害の基本と課題設定

著者:有園正俊 公認心理師

強迫症/強迫性障害(OCD)の治療で、効果が確認されているのが、行動療法、もしくは認知行動療法です。行動療法、認知行動療法には、いろいろな技法がありますが、強迫症の治療で、主軸となるのが、曝露反応妨害です。このページでは、その原理と、課題設定の基本を簡単に紹介します。

[1]行動療法での強化、消去

行動療法(behavioral therapy)は、心理学に元づき、行動と、その結果に起きたことの関係を調べ、その関係を変えていく治療法です。

何か行動をしたことで、すぐに好ましい結果が得られれば、次に同じような状況に出合ったときに、また同じ行動をしたくなります。こうして、行動が増えること=強化

強化には、次の2つがあります。[1]

→いいことが得られた行動は、またしたくなり、頻度が増える=正の強化
例:あるお店で、いい商品が安く買えたので、その後も、その店に行く頻度が増えた。

→嫌なことを減らせた行動は、またしたくなり、頻度が増える=負の強化
例:窓を開けていると虫が入ってくるので、網戸を必ず閉めるようになった。

逆に、
行動をしても、結果が得られなくなると、行動をしなくなります→行動が減ること=消去
例:何度、メールを送っても返事が来ないので、出さなくなった。

行動療法では、この原理を調べるために、行動を引き起こす場面に出合うことを刺激(S)とその反応(R)との関係を調べます。(S-R理論)
また、状況(A)、行動(B)、直後の結果(C)の関係を調べていく方法(ABC分析)もあります。
このような状況と行動が、どのように働きかけているかという関係を調べること=機能分析(行動療法では行動分析ということもある)

OCDでの行動分析

強迫症(OCD)での機能分析の例:
不潔恐怖:
A 状況:汚れに触れたかもしれないと思う
B 行動:その汚れが、大事なものに広がらないように洗い落とす
C 結果:一時的に安心する=いいこと

同じ状況に出合うと、再び洗い落としたくなる

強化

忘れ物への確認:
A 状況:忘れ物をしてないか気になる人が場所を移動する
B 行動:移動する前に忘れ物がないか何度も確認する
C 結果:一時的に 安心する=いいこと

同じ状況に出合うと、再び確認したくなる

強化

強迫症では、苦手なもの(刺激)に出合ったときに、強迫行為という行動が強化されています。
その刺激と、それに対しての強迫行為が、患者さんによって異なるので、行動療法を行うには、その状況を調べます。さらに、それに関連した強迫観念、感情、身体反応、周囲の状況(家族への巻き込みの有無など)を観察し、患者さんも治療者も共に知ること(アセスメント)を行います。
そのアセスメントの結果を元に、行動療法によって、強迫行為の強化がなくなり、消去されていく([3]p39)には、どのような課題を行えばいいのかを考えていきます。

[2]曝露反応妨害

・患者さんと共同で、同意のうえで行っていくもので、強制的な治療ではありません。
・曝露(療法)は、不安、恐怖、嫌悪感、不確かさなど不快な感情を伴う症状に効果があります。強迫性障害、パニック障害、PTSD、恐怖症などの病気の治療で使われます。[2][3]p44,45

2-1)曝露反応妨害とは

強迫行為や回避をすると、一時的に苦痛や不安は下がり、安心が得られます。しかし、この安心を求める行動を繰り返していくと、かえって強迫症状は強化されてしまうという悪循環に陥ります。
そのため、強迫行為をしたくなるような苦手な場面(刺激)に出合っても、強迫行為に替わる対処法を体験していきます。その結果、苦手なものへの脳での感じられ方が変わっていきます。[2]、[3]p39

その強迫行為に替わる対処法ができるようになるための技法が、次の曝露と反応妨害の組み合わせた曝露反応妨害(ERP)です。 典型的な強迫症の治療では、曝露反応妨害を主軸にして行います。

曝露(エクスポージャー Exposure)
嫌なこと(刺激)を避けずに、自分がさらされれる行動を、を十分な時間、頻度をかけて行います。それによって、徐々に刺激への感じられ方が鈍くなっていき、明らかに苦痛が減ったと自覚できるまで繰り返していきます。

定義「クライエントが、嫌な感情をもたらす状況(刺激)に、意図的、計画的にさらすことを、その苦痛が、治療前の水準よりも低くなり、受け入れられる水準に減少するまで行う。」(参考[3]p73)反応妨害(Response Prevention)
強迫観念や嫌な感情を打ち消すための反応(強迫行為、回避、逃避、頭の中の思考による反応を含む)をできるだけしないようにします。(全部でなくても一部でも)
反応妨害によって、「不安を取り除くために儀式行動をする必要はないという重要な教えを学びます。」[4]p203

曝露反応妨害を、不安や苦痛に慣れていくというよりも、嫌なことへの敏感性が鈍くなっていくことを目指す感じです。その結果として、強迫行為の消去をもたらします。

本人と家族は、次のことを理解しておくことが大切です。([3]p61,Rowaら[5])
・強迫性障害や不安について心理教育を受けていること。
・回避を手助けしない。
・ERPの最中は不安を体験しなければならないと自覚していること
・本人に準備ができている以上の無理強いはしない

2-2)曝露反応妨害と嫌な感情の変化

不安や精神的な苦痛を数字で表した主観的不快尺度(SUD、SUDs 注*1)を用います。自分が最も不安・苦痛に感じるときを100点、まったく不安・苦痛のないときを0点として、それに比べたら何点に感じるかを表した点数です。[6]

主観的不快尺度(SUDs)

曝露反応妨害では、次の1)~3)が必要です。[7]

1)嫌な感情(不安、不快など)の活性化
強迫的に苦手な刺激に、あえて向き合い、嫌な感情をあえて生じさせることが必要です。
強迫症でない普通の人のやり方を練習して、それに慣れていくような目的ではありません。
下図の1回目の曝露(図②赤い線)のように、最初は、あえて不快感が感じられるように刺激に近づきます。

曝露反応妨害でのSUDの変化

2)1回の曝露反応妨害での馴化(じゅんか)
馴化とは、刺激に繰り返された結果として、反応が弱まることです。(注*2)([8,9],[3]p39)
そのために、刺激にちょっと出合って、あとは我慢するだけでは馴化が起こりにくいです。その刺激に、時間をかけて何度もさらされ続ける必要があります。
たとえば、汚れが気になる強迫症で馴化が起きるためには、苦手な汚れにあえてさわって、その手できれいなものに触れ、不快を感じるような行動を、何度も繰り返すようにします。そこで、強迫行為をできるだけ省きます(反応妨害)。それを1回の曝露反応妨害の中で、SUDが明らかに下がるまで行います。(↑上図赤い線)
1回の面談をセッションと言いますが、1セッションの中での馴化を体験します。

3)曝露反応妨害を、その後も何度も行う
曝露反応妨害を、何回も、何日も行っていくと、図のように不安や苦痛が最初ほどではなくなり、SUDがだんだん減っていきます。上図での2回目以降の曝露反応妨害(黄土、緑、青線)のようです。
このように、セッションを何度も行うことでも、馴化していくことを目指します。

また、3)の効果を十分に得るには、外来の面談だけでは回数が足りません。
そのため、通常、宿題(ホームワーク)として、自宅でも曝露反応妨害の課題を行います。
「毎日最低1時間から2時間は実践してください。」[4]p251
・曝露反応妨害の理論的な説明は、次のページにくわしく書いています。
精神科の情報>5-1.曝露療法と情動(感情)処理理論(1)5-2.曝露療法と情動(感情)処理理論(2)

[3]課題の目標を設定する

曝露反応妨害を行う前に、自分にはできるか心配になるのは自然なことです。

・曝露反応妨害を行う前に、患者さんの状況を調べるアセスメントを行います。
アセスメントの方法は、治療者によって異なりますが、上記の刺激、強迫観念、感情、身体反応、強迫行為、家族への巻き込みを知ることが重要です。強迫症の患者さんの多くは、複数の刺激で、強迫症状が生じるので、それをすべて表に書くなどして、整理します。
そのアセスメントしたデータから、機能分析を行い、患者さんと共同で介入の段取りを決めていきます(ケース・フォーミュレーション)。(参考:精神科の情報>1-3.認知行動療法の基本と対処

課題の具体的な内容は、治療者や患者さんの状況によって様々です。
集団で行う場合でも、個々の患者さんに合わせた課題を含むようにします。

ポイント:
1)最初は、これならできそうなところ、必ず成功しそうなところから始めるのが原則です。成功体験を積むことが目的なためです。
2)家族への巻き込みが強いと、強迫症状が悪化したり、曝露反応妨害に支障をきたしたりする傾向があるため、それへの対策となる課題を優先できるといいです。
3)行動療法 では、「手を洗わない」「戻って点検しない」など「**しない」というのは、行動と言いません。死人テストといって、死人でもできる状態は、行動と呼びません。そのため、反応妨害として「強迫行為をしない」ということだけを課題にしても、通常は、慣れていくのは難しいです。

強迫症の治療では、反応妨害とともに、症状をもたらすもの(刺激)に曝露していく行動を課題にします

実行方法のタイプ:
1)標準的な曝露では、SUDの低い課題から、段階的に始めます。
2)本[4]p218では、曝露の最初は、中程度の不快感を生み出す状況から始めるのがいいと書かれています。例えば、SUDが低く簡単な課題だと、成功はしやすくなりますが、曝露としての効果は薄く不十分になることもあるためです。
3)刺激の度合い(SUD)が非常に高い課題から、あえて挑戦してみる技法(フラディング)もあります。そのような課題に、次々と洪水(フラッド)のように曝露して行きます。

行動療法の課題を難易度(SUD)の高い順に並べたものを不安階層表と呼びます。(アセスメントで症状を観察した表とは別に、ケースフォーミュレーションによる目標を載せたものです。しかし、アセスメントでの観察表と不安階層表を混同している専門家もよくいます。)
そのため、アセスメントはしても、不安階層表を作らないこともあります。また、刺激によっては、より細かく症状の内容を分類した表(ミニ)を作る場合もあります。文献[10]


不安階層表–血液・不衛生による感染恐怖の例(文献[8]p63):

曝露反応妨害の課題SUD
本の赤い点にさわる20
野宿者のそばを通る30
病院にお見舞いに行ってきた人に訪問される35
公衆電話にさわって使う40
スーパーの「病気」に見えるレジ係から商品を買う50
最近病気だった隣人の横に車を止める55
病気に見える郵便局員がさわった郵便受けの手紙にさわる60
公共のエレベーターの赤い点にさわる75
シャワーなしでリビングの「聖域」に座る80
シャワーなしで寝室に入る100

実際に、行動療法を行うと、どこかの段階で達成するのが難しい壁に突き当たることもあります。
独力で難しい場合は、主治医と相談したり、専門家を探すなどして、専門家とともに取り組むことをお勧めします。

注釈

*1 SUDs=Subjective Units of DistressもしくはDiscomfortであるが、不安anxietyではないので、主観的不快単位とするのが、正しい訳。英語だと、SUDs=Subjective units of distress scaleということもあり、その場合の訳は、主観的不安尺度です。
*2 受容器官の適応や筋肉の疲労のような周辺の変化によって反応が弱まることを除きます。

参考

[1]坂野雄二[監]「実践家のための認知行動療法テクニックガイド」北大路書房2005
[2]Martin Franklin,Edna Foa.Treatment of Obsessive Compulsive Disorder.Annual Review of Clinical Psychology.(2011)Vol.7:229-243
[3]ティモシー・A・サイズモア著「セラピストのためのエクスポージャー療法ガイドブック」創元社2015年
[4]エドナ・B・フォア博士&リード・ウィルソン博士(片山奈緒美訳)「強迫性障害を自宅で治そう!」VOICE
[5]Karen Rowa,Martin M.AnRowa, K., Antony, M. M., & Swinson, R. P. (2007). Exposure and Response Prevention.Psychological treatment of obsessive-compulsive disorder: Fundamentals and beyond p.79–109. American Psychological Association.
[6]リー・ベアー「強迫性障害からの脱出」 晶文社
[7]Foa,E.B., & Kozak,M.J. (1986). Emotional processing of fear: Exposure to corrective information. Psychological Bulletin, 99(1), 20–35.
[8]R.Thompson,(2001)International Encyclopedia of the Social & Behavioral Sciences.
[9] Thompson, R. F., & Spencer, W. A. (1966). Habituation: A model phenomenon for the study of neuronal substrates of behavior. Psychological Review, 73, 16-43.
[10]Bruce M.Hyman,Ph.D. Cherry Pedrick, RN, The OCD Workbook second edition, New Harbinger Publications,inc.